カレンダー作りから始まった絵画制作
ー絵を描き始めたきっかけを教えてください。
小さい頃から絵を描くのは好きでしたが、美術の時間に描く程度で、小学生の頃は手塚治虫に憧れて、漫画をよく描いていました。でも、中学生になった時にクラスでもっと絵が上手な子に出会って、「自分には向いていないな」とあきらめてしまって。それからは、絵を描くことからずっと遠ざかっていました。
ところが大学生になった時、部屋にカレンダーがないことを不便に感じて、自分で作ってみようと思い立ったんです。日付だけだと味気ないから絵も添えようかと考えて。その時にふと「クレヨンがいいな」と思い浮かんだんですよ。実は小学生の頃、心臓を悪くして自宅で療養している時期がありました。ある朝、父が散歩中に知り合った老人を連れて来たんです。その人は鍼灸師でした。公園で写生をしていたそうで、スケッチブックと小さなクレヨンの箱を見せてくれました。その光景がずっと頭の片隅に残っていたんでしょうね。クレヨンは手頃ですし、とりあえず12色のセットを買ってきて、カレンダー作りを始めました。
昔からSFや宇宙が大好きだったので、黒い画用紙を買ってきて、上半分に宇宙の絵を描いて、下半分に日付を入れて、楽しかったのをよく覚えています。何枚描いたのか、もう残っていないので曖昧ですが、そのことがきっかけで、暇を見つけてはちょこちょこと宇宙の絵を描くようになりました。

当時描かれていた宇宙の絵
ーもともとそういったものづくりがお好きだったのですか?
小さい頃はプラモデルが流行っていたので、それは一生懸命作りましたが、自分で一から何かを作ったことは特にありませんでした。絵も描いていなかったのに、なぜか「カレンダーがないから作ろうかな」と、思い立ったんです。大学時代は家の一部屋を借りるという形の下宿をしていたのですが、部屋には冷蔵庫もテレビもない、本当に何もなかったので、寂しく感じたのかもしれませんね。
そうして描いていくうちに、黒い紙ばかりというのもどうかなと思うようになって、画用紙の色を変えて描いて、そこからだんだん風景画を描くようになっていきました。それが、現在に繋がる絵を描くようになったきっかけですね。
勤め始めてからは、年に1〜2枚完成するくらいのペースで描いていました。教師だったので、夏休みや冬休みになったら描くんですよ。本格的に絵を描き始めたのはリタイアしてからです。振り返ってみると、そもそも教師になることが夢ではなかったんです。宇宙が好きだったので、科学者を目指していましたが、当時オーバードクターが溢れていたこともあり就職が難しく、やむを得ず教師の道に進んだ、というのが正直なところなので、「人生は一度きり。これからは本当に自分のやりたいことをやろう」と少し早めにリタイアしたんです。

作品名:チェスキー・クルムロフ(1/50)
子どもの頃、はっきり意識していたわけではありませんが、心のどこかで「画家になるか、科学者になるか」、そのどちらかを思い描いていたように思います。しかし今から科学者になるのは現実的ではありませんから、もう一つの夢であった絵を描いていこうと考えました。それからは、海外旅行へ出かけて、絵を描くための資料としていろいろな場所で写真を撮りためて、今は自分で撮ったそれらの写真をもとに絵を描いています。本格的に取り組むようになって、もう15、6年ほどになりますね。
イメージ通りの色を求め、自らもクレヨンを作ることに
ー宇宙から風景を描くようになってきた、そこにも何か転機があったのでしょうか?
ヨーロッパの綺麗な風景に惹かれたことですね。海外旅行のパンフレットなどを見て、とても美しい風景があることを知り、それを描いてみたいと思うようになりました。教師時代は、色々な旅行会社を巡ってパンフレットを集めて、いつか絵を描く時のために、と思って気に入った風景を切り抜いてストックしていました。中でもヨーロッパの古城にとても魅せられて、そのうち写真集なども買い集めるようになって。長期の休みに入ったら、それを見ながら絵を描いていました。
風景画を描くとなると、宇宙を描いていたのと同じ色調ではダメで、もう少し明るい色のクレヨンを使わないといけなくなりました。12色のクレヨンでは色が足りず、30色のクレヨンを買ったのですが、30色でもなかなか気に入った色がないんですよ。それで結局、自分で色を作ることにしました。
ガスコンロの上で、カップケーキなどを作るための小さなアルミのカップにクレヨンを砕いて入れて調合するんです。すぐ溶けるので、それを筒状にしたアルミホイルへ流し込んで成形します。

自作されたたくさんのクレヨン
例えば「アムステルダム」という絵を描く時に、自分が思う理想の青色がなくて、青系の色をたくさん作りました。作ったクレヨンの見た目はほとんど同じ色に見えますが、塗ると全く違うんです。たくさん作った中で気に入ったのは1本だけで、結局その1本のおかげで絵が完成したんですよ。
制作の途中で、この1本がなくなったらどうしよう、と焦っていました。しかも、このとき他の青は二本ずつ作ったのに、この色だけは1本しか作っていなくて。分量を測って混色することは難しいので、全く同じ色をもう一度作ることはできないんですよ。だから最後まで制作できたことは本当に幸運でした。

作品名:アムステルダム(2/50)
ご自身で調合した理想の色で表現された作品
ー混色が簡単な絵の具を使おう、とは思わなかったのですか?
友人にも絵の具、例えば、油絵の方がいいんじゃない?と、よく言われましたし、自分自身そう思ったこともありますが、ずっとクレヨンで絵を描いてきたので、クレヨンにこだわりたかったんです。
ークレヨンでの表現とは思えないような、繊細なタッチ、正確な線描写が多いですが、描き方はどのようにして学ばれたのですか?
「必要は発明の母なり」ですね。必要に迫られて、色作りも含め、全て自分で試行錯誤して辿り着いた方法で描いています。クレヨンという素材で、繊細な線を引く方法や、広い面積を塗る時の工夫、あるいは、ぼかしなど、全て自分で考えています。その為に、筆や、ティッシュなど、様々な道具を使います。
擦ったり、重ねたりしますと、画用紙は剥がれてしまうので、今は厚さ1mmの硬いボードを使って描いています。バックボードというもので、表面が丈夫なので、擦っても大丈夫なんですよ。
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作品名:ミコノス島2017(2/50)
ー絵を描こうと思うのは、どんな時ですか?
季節が良くて、時間的にゆとりがある時ですね。自然を眺めていたら、「ああ、絵を描きたいな」という気持ちになります。
いつも夕方になったら川沿いを散歩に行くのですが、自然の風景を眺めていると、やはり絵を描きたくなりますね。大体そのウォーキングの時に、どんな絵を描こうかな、とか、描きかけの絵があれば、どう塗ろうかなとか、そういうことを考えながら歩いています。
他にも、たまたまYouTubeの動画で見た風景に惹かれて、絵にしたいと思ったり、ボードの色を見ていたら、その色にぴったりの風景があったのを思い出して、それを絵にしたくなったり。生活の様々な場面から自然に制作へ、インスパイアされますね。

作品名:小さな村(2/50)
動画からインスピレーションを受けて制作した作品
思考と視覚が混ざってイメージが仕上がるのかもしれません。自分の中にある心象風景が、その風景と重なるというか、見た風景が自分の思いとマッチしているようなものを無意識的に選び出して、描いているのかもしれませんね。
「色を使わなくても色は表現できる」という発見
ー絵画に対するこだわり、マイルールはありますか?
水墨画の世界をクレヨンで表現したい、というのが理想で、私の根底にあるマイルールです。「できるだけ色を使わないで色を表す」、それから「できるだけコテコテに描かないで描く」、それが究極の目標であり、こだわりみたいなところがありますね。
原点である、カレンダーを作った時から感じていることですが、単色で塗るだけでも、ガラッと画面の雰囲気が変わるんですよね。だから1枚の絵画にたくさんの色を使わないで「この絵は、この色の雰囲気だな」と、1つの色で語れるというか、多くの色を使わずして色を見せる。これは、色に対するこだわりですね。


黒以外の画用紙に描かれた初期作品
例えば、これらは黒以外の画用紙で初めて描いた絵です。写真など、見本になるようなものは全く見ないで、自分の想像のまま、手が動くままに単色で描いてみたら、この絵になったんです。その時に、色を使わなくても、色を表せるんだ、と気付きました。
ただ、単色ばかりで描いていると、もっとたくさん色を使いたくなってきて、結局最近は何色も使うようになっているんですけどね。音楽でも、静かな曲を作っているかと思いきや、今度は賑やかな曲を作るシンガーソングライターも多いですよね。きっとその感覚と同じです。ただ、理想としては、できるだけ色を使わずに描きたい、と思っています。
ー余白部分が多いのも、水墨画の影響でしょうか?
そうかもしれませんね。私の作品は、余白が重要な役割を果たしているような気がします。構図などを勉強したわけではなく、自分の直感で、そのように描いています。

作品名:サントリーニ島(2018)(2/50)
ー今後やってみたいこと、挑戦したいことがありましたら教えてください。
画集を作ることです。自分が生きた証として何かを残すとしたら、今のところ絵になるのではないかと思うんですよ。
実は私の夢は、いつか「クレヨン美術館を作ること」なのですが、それは到底無理だと思いますので、それならば、と、ネット上で自分だけの美術館としてホームページを作って、そこに自分の描いた絵を載せています。まずはホームページという形で作品を残すことは実現したので、今度はアナログとしても形に残せる、画集を作りたいと思い始めています。まだ時間が取れず、具体的なところまでは進められていませんが、これから少しずつ形にしていけたらと思っています。友人たちに送って、一人でも手元に置いて、残してもらえたら嬉しいですね。
生きた証を残したいという思いが、最終的に絵という形になったことにも、不思議な運命を感じています。現在の制作スタイルに固執しているわけではありませんが、これからも自分が描きたいと思う絵を、きっと描き続けていくでしょうね。ホッとする絵が描けたらいいな、と思います。絵の中に観ている人を連れて行くような、その世界に自然と入っていけるような、そんな絵を描いていきたいですね。
<取材を終えて>
やりたいことに挑戦しながら、自ら定めた目標を着実に達成していくVagabondさん。穏やかな語り口の奥には、強い意志と、制作、そして生き方そのものへの確かな自信が感じられた。
Artist
Vagabond
自ら撮影した風景や、思い出の一場面をもとに、絵画として表現している。制作初期から一貫してクレヨンにこだわり、現在では自身でも色を調合し、オリジナルの美しい色彩と大胆な構図を生み出す。繊細な原画を、耐久性に優れたジークレー版画として展開し、より多くの人に作品を届けている。
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