子供の頃の芸術との出会い
ー絵を描き始めたきっかけを教えてください。
2014年のことなのですが、生け花の展示会を観に行った時に、素敵な作品がたくさんあって、ふと、絵なら花の種類もバランスも自分次第でどうにでもできるし、絵で生け花ができるのでは?と思って描いたのが最初ですね。
学生時代、美術の成績は良かったですし、先生や友達に「絵が上手な子」と思われていたと思います。でも、自分自身は授業だから描くのであって、楽しくて描くということはなく、卒業したら描かなくなりました。
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中学生の時に描かれたポトスの絵
美術自体は大好きで、中学生の頃から一人でよく美術館に行っていました。もともと家には美術全集があり、芸術新潮も親が毎月買っていましたし、小学校に入る前から図書館でもいろいろな画集を見ていたので、美術自体は幼い頃から馴染みがあったんです。
その中でもよく覚えているのが、小学校一年生の時に芸術新潮で見たマティスの特集です。「ダンス」というあの有名な作品のインパクトがすごくて。裸の女の人たちが輪になって踊っている絵で、手前では手と手が外れているし、顔もほとんど描かれていない……すごく不思議で魅せられました。他にも、キリコが描いた、広場に汽車が走っている絵やマネキンが描かれている絵など、そういう絵に惹かれていました。
ー小学校一年生で、マティスやキリコの魅力に気付くのはすごいですね。
どうして描く方は好きじゃなかったのかと考えてみると、小さい頃から私が惹かれたのはそういう一般的に上手と言われる絵ではなかったのも大きな理由だと思います。学校の授業で描く絵といえば標語や交通安全のポスター・写生大会・夏休みの思い出を描きましょうといった感じで気分は乗らないし、「すごい」となるのは写実的な、いわゆる上手な絵で。
ーマティスやキリコのような絵を習いに行こうとは思わなかったのでしょうか?
そもそも上手になろうという発想がなかったので、絵を習いに行くことは考えなかったですね。
あとは画家よりも、パトロンや絵画収集家の方に憧れていたんです。絵以外でも、例えば子供の頃、友達はアイドルになりたいと言っていましたが、私は秋元康は楽しいだろうな、と演者ではなくプロデューサーの方に意識が向いて。それも絵を習いに行こう、上手くなろうと思わなかった理由のひとつかもしれません。

作品名:ピンクのアネモネ
自身で描いた絵を使っての「ものづくり」
ー現在は、毎年ご自身の絵でカレンダーを作っていらっしゃるんですよね。
はい、絵が溜まってきた時に、これはカレンダーにできるなと思い立って。実際に作って知り合いの方々に渡したら気に入っていただけたので、それ以来、毎年作っています。
昔から、本を作ることに憧れがあったんです。大学時代は、友達との対談をカセットテープに録音して、それを書き起こしたものを印刷して冊子を作ったり、社会人になってからも、写真が趣味の職場の男性と詩を書いている女性のお二人に了承を得て、写真と詩を合体させて冊子にしたり。昔からそういうことを好きでやっていたので、自分で絵を描いたときも、これでカレンダーが作れるんじゃないかと思いついたんです。
カレンダーを作ることが一つの目標になっているので、もしそれがなかったら、絵を描き続けていなかったかもしれません。それに、カレンダーをお渡しすると、「また来年もお願いします」と言ってくださるので、それで続いているところもあるかな。お世話になっている皆さんにお渡ししているだけですが、毎年欲しいと言っていただけるのはありがたいですね。
ーお仕事も、そういった制作やプロデュース関係なのですか?
いえ、仕事は全く違うことをやっています。ただパソコンを使うので、エクセルで作れるんじゃないかと思って、ゼロから全部自分で作ってみたら、フォントやデザインを考えるのがものすごく楽しくて。
絵を撮影して、パソコンに取り込んで、電気屋さんで色々な種類の紙を買ってきて、繰り返しプリントアウトしてちょうどいいものを選んでいきました。家庭用のプリンターで出力できる紙ですが、薄いと透けてしまうし、分厚いとホッチキスで留められないなど、悩みましたね。切り取り線を作る、ホッチキスで留めて金具を付ける…本当に最初から最後まで手作りです。
空間そのものを主役として表現すること
ー人物の顔のパーツを描かれないのがすごく印象的です。
ルールとして描かないというわけではないのですが、表現したいものがそこじゃないからかもしれません。人間を描くとどうしても存在感が出てしまいますよね。特に顔を描いたり、表情を作ったりすると、絵の中で目立ってしまい、そこに目がいきがちなので避けたい気持ちがあります。
作品に登場する人物の深い人生のようなものがあまり見えていない状態が結構好きなんですよ。例えば、キリコのマネキンの絵や星新一のエヌ氏※1とか。アガサ・クリスティの小説も、ポアロ※2を含め、登場人物に感情移入しながら読む感じでないところが心地よかったりします。
※1 エヌ氏:星新一の小説に頻繁に登場する人物。 「誰でもない、イコール、あなたのことかもしれない」という物語を普遍的にする意図があり、ノーネーム、ノーバディのNを日本語の中で目立たないようにカタカナにしたものだという。
※2 ポアロ:アガサ・クリスティ作の推理小説に登場する名探偵。
ーそこはマイルールやこだわりにも繋がる部分なのでしょうか?
こだわり、マイルールということであれば、ただ好きに描くということかもしれません。世界にはたくさんの素敵な絵があふれている、そんな中で描くのだから、自由に描けばいいかなと思っています。お願いされて描いているわけでもありませんし、こういう絵が売れるだろう、好まれるだろうと思って描いたところで、正解を外しそうな気もしますしね。自分の好みを根気強く追求していく、それでいいかなと思っています。

作品名:美容院
ー美容院やお花屋さんなど、物語のワンシーンを感じさせるような絵画も多く描かれていますが、モチーフはどのように決められるのですか?
インテリアや建物が好きなので、それを描きたいというのがまず最初にあります。そのまま描くことはありませんが、素敵な門構えのお店などを見ると描きたくなりますね。そんな感じでまず建物や部屋を描きたくて描いて、殺風景にならないように人も入れてみようとか。
ー建物と言えば、ビルの絵も人気ですよね。
好評でびっくりしています。一番最初に描いた時は、自分は好きだけど、こんな絵を発表してどうなるのだろうと思っていたんですよ。
ビルがあるところで生活して、ビルがあるところに仕事に行く、自分にとって身近なモチーフなのですが、絵を描き始めたときはビルを描くようになるなんて考えもしなかったので、自分でも面白いです。

作品名:ビル-3
ー色彩も特徴的ですよね。淡い色、中間色を多く使用されている印象があります。
色はすごく重要で、たくさん考えます。自分の好みですが、なるべく彩度を抑えるようにしていて。彩度の高い濃い色にしてしまうと、絵の主張が強くなりすぎるような気がするので、そうならないようにしています。それから、多くの色を使わないようにしています。
ー主にキャンバスボードやキャンバス、アクリル絵の具を使用されていますが、最初からこちらを選ばれたのでしょうか?
最初は、ファンデーションみたいなケースに入ったパステルと、頂き物で使っていなかった色鉛筆で描いていましたが、よりはっきりした表現を求めてアクリル絵の具を使うようになりました。きっちり描きたいタイプなので、アクリル絵の具が自分の性格にすごくマッチしましたね。早く乾くし、どんどん描けます。
パステルは縁取りのないぼんやりした表現に適しているので、そういう絵を描きたいときは今でもパステルを使います。輪郭線がないような絵を描いてみたいという憧れもあって。アクリル絵の具でも挑戦してはみるのですが、そのつもりでスタートさせても、性格もあって結局はくっきりさせてしまいます。

パステルで描かれた作品
現実世界と絵画世界のバランス
ー影響を受けてるアーティストはやはりお好きであるマティス、キリコなのでしょうか?
相当数の絵を見てきて、その全てが自分の中に入っていて、そういう意味では、どのアーティストからも影響は受けていると思います。
ー本当によく美術館に行かれるんですね。
仕事がすごく忙しくなると、砂漠で水が欲しいみたいな感じで、美術館に行きたい!となるんですよ。現実とのバランスを取るために美術を欲しているところがあります。だから写実の絵に惹かれることももちろんありますが、自分がより惹かれるのは、やはり現実とは別の部分が描かれているというか、現実の対岸にあるような作品なんですよね。マティスの絵は現実とは全然違う世界ですし自由を感じます。
自分が描く場合でも、自分自身が結構現実的なところがあるので、違う世界に行きたいという思いで、写実を避けたくなるのかもしれませんね。
ー今までは美術館に行って絵を観ることが栄養剤だったところに、描くことも加わったのでしょうか?
いえ、描くことは8割苦しくて、残りが喜びかな。ほとんど苦しいんですよ。
ただ、学校の授業で描かされていた時に感じていた「つまらない」という感覚とは全く違って、どういう絵にするか、構図はどうするか、悩んで唸っているという、そういう苦しさですね。
なんとか描き上げた時は喜びがありますが、楽しくて描く感じではないですね。それなのに表現せずにはいられない気持ちがあって。音楽を聴いている時にふと描きたいと思って、でも何が描きたいのかわからなくて一旦は寝かせて、しばらくしてこう描いてみようと思い立って描き出す、そういう事の連続ですね。
ー今後やってみたいこと、挑戦したいことがありましたら教えてください。
いつかビルの絵をもう少し大きいサイズで描いてみたいです。あと、これもいつかですが、カレンダーの制作を業者の方に頼んでみたいです。
それから、地元の愛知には喫茶店がたくさんあるのですが、そういうところで絵を飾ってもらうことに憧れています。作品展をされているのを観たことがあって、一度やってみたいなと。
自分が好きで描いた絵を観ていただいて、少人数でも好きと言ってくれたり、共感してくれたり、そんな方がいたら心から嬉しいと思います。
<取材を終えて>
溢れる美術愛を熱くたくさん語って下さったユウコ・Aさん。かねてから憧れていたというものづくりの楽しさや喜びが、言葉だけでなく表情からも伝わってきました。彼女の美術談義を一日中聞いていたい、そんな素敵な方でした。

ユウコ・A
幼い頃から美術が身近にあり、その魅力を感じながらも自身が絵を描くことには興味がなかった。しかしある日に観た生け花の展示からインスピレーションを受けて絵を描くようになり、今では毎年ご自身の絵でカレンダーを制作するほどに。丁寧で淡い色調からは、きっちりとした真面目なパーソナリティと、美術への愛が感じられる。
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