美大受験に向けた予備校で出会った油絵
ー絵を描き始めたきっかけを教えてください。
母が絵を描くことが好きで、その影響で自分も自然と絵を描くようになったのがきっかけです。特に美術部に入ったりはしていなかったんですが、幼少期からずっと漫画やイラストを描くのが好きでした。
学生の頃は、漫画家になりたいと思って美大受験を決めて予備校に通っていたのですが、その予備校の体験教室で描かせてもらった油絵がすごく楽しくて。そこから、本格的に油絵を描くようになりました。
予備校は受験対策という感じなので、デッサン力をしっかり上げるとか、油絵の具の使い方とかを学んで、受験の傾向に沿って繰り返し練習をしていましたね。その中で、自分の表現を見つけていく、みたいな流れです。
予備校で油絵を描いたり色々学んだりする中で、一枚の絵の中だけで表現することが面白いと感じ始めたので、途中から、漫画家ではなく画家という仕事を希望するようになりました。
ー予備校に入るまでに漫画以外の絵を描かれることはありましたか?
デッサンとかちゃんと画材を使って絵を描く、ということはやってきていなかったです。本当に漫画をずっと描いていて、少女漫画系も少年ジャンプ系も、ジャンルは問わず色んな漫画の模写をして表現を自分にインプットしたり、オリジナルの漫画を描いたりもしていました。
今は漫画はもう全然描かなくなっちゃいましたね。油絵を描く方が好きになったのかなという気持ちもありますし、漫画はストーリーを作ることに行き詰まって「自分には向いていないかも」と思った時があって。それからは油絵ばかり描いていました。
ー予備校で油絵に出会われたのは良いきっかけでしたね。
小学生の頃から、子供らしくない細密の絵を描いていたので、私にとっては写実系が得意だったんだと思います。漫画を描くのを辞めた理由にも通じる部分はあるんですが、ファンタジーの世界を考えるとか、そういう想像力の必要なものはあまり得意ではありませんでした。
大学の頃に抽象画や立体作品など他の表現を試してみたこともあるんですけど、教授から笑われちゃったりして。紆余曲折を経て、その場にあるものをリアルに描く方が得意だなと、今の画風になりました。
私自身、観察するのが好きなので、現実世界のありのままの魅力を引き出すことが、自分に合った表現だと思っています。自分の想像で新しい世界を作る人はすごく憧れるし尊敬しているんですけど、私は私の道へ行こうかなという感じです。
植物も人間も同じ「生きているもの」として表現する
ーモチーフを植物と人物にされているのは、どういった理由からでしょうか。
一時期、会社員時代に心が鬱々としてすごく孤独感に襲われていた時があったんですが、その時に通勤路とか周りに生えてる桜の木とかを見て、今まではただの背景だと思っていたものが、急に「生きている」ように感じたんですよね。そうしたら、周りは生き物だらけで、私は全然一人じゃないんだと思えて。それをきっかけに、植物と人間を対等に並べることで、「どっちも同じように共存している生き物なんだ」ということを描きたいと思って、植物と人物の両方を主役としたモチーフにしています。
東京に住んでいた時は特にそういった木々がオブジェクト化されているというか、「街を彩る飾りの一つ」みたいに感じてしまっていたので、ちゃんと「生きているもの」として表現したいという考えですね。
ー確かに、街道に並んでいる木々が多いですよね。
そうなんですよ。ただ、最近はちょっと趣旨が変わってきていて、どちらかというと人物の方にフォーカスが向いてきた感じがしています。引き続き、植物の生きている感じを出しながら描くというのはやっていきたいんですけど。
人物のモデルは中学校から一緒の幼馴染で、大学生の頃からずっと描いているんですが、長く描いていると、その子が年齢を重ねて変化していく様子に趣を感じてくるんです。なので、今は彼女をもっと描きたいという気持ちが強まっています。
幼馴染をモデルに選んだきっかけはものすごく仲が良かったからなんですけど、描き始めたら描きたい雰囲気にすごくマッチしていて。自然の中にいても全然違和感がないんですよね。幼馴染を描いた絵を見てくださった方からは「すごく良い表情をするね」と言ってもらうことが多いので、モデルの主軸は彼女になっています。
ー素敵な関係ですね。
この間も、10年前の写真を掘り起こして描いた彼女と、最近描いた彼女を見比べたら全然違って。そこに味わいを感じていました。あとは、彼女自身の成長もですし、私との距離感とか、人間関係についても少しずつ変化していっているので、私だからこその目線で描き続けていけたらなと思います。
親しい人間にしか見せないような表情の機微とか、そういう深い部分をこれからも追いかけていきたいです。
技法ごとの自分らしい表現を模索
ー絵を描く上でこだわっている部分を教えてください。
人物でいうと、透明感を大事にしたいなと思っています。油絵は肌を描こうと思って塗り込んでいくと透明感より物質として強く描けてしまうんですけど、実際の肌って血管が透けて見えていたり、皮膚の下に筋肉があったりするので、そういう層になっている様子を表現できたら良いなと。物質的にしないで、ちゃんと血肉が通っている感じを出したいですね。
実際に描く際は厚く塗らないように、薄く薄く何層も重ねる手法で描いています。最初は赤い筋肉みたいなところから描いたり、青い血管を走らせたりして、そこに薄く肌色の皮膚をのせて透かすみたいな感じです。
あとは、質感の描き分けにもこだわっていますね。植物には植物の個性が、人間には人間の個性があるので、植物と人間を描くときに両方が同じにならないよう、そこの差をしっかり描き分けることを意識していて。木のゴツゴツした感じとか、人間の肌の柔らかそうな感じとか、そういう質感がちゃんと出るように意識して、素材の特徴を表現できるようにしています。
ー油絵以外の画材に挑戦されたきっかけは何だったのでしょうか?
社会人になったタイミングで一度絵から離れたのですが、改めて絵を描き始めた時に、油絵に縛られずに色々挑戦してみようかなと思って、他の技法でも描き始めました。最初は鉛筆画を始めて、そこから色鉛筆やアクリルを使ってという感じです。
こだわりは技法によって違うので、全部の技法で油絵と同じように描くのではなく、色鉛筆とかアクリルは試験的に色々試しているところですね。
油絵は、自分の中でもやりたいことが明確にあるんですけど、色鉛筆やアクリルはその場のノリに任せて、楽しみながら描いています。
色鉛筆は色で遊びたいというのがあって、割とカラフルな作品が多いですね。元々印象派が好きだったので、固有色に捉われず全体を色の層でふわっと柔らかくまとめる描き方なんかも気に入っています。
アクリルは、写実すぎず、少し形にデフォルメを加えたりします。そういうデフォルメされた作品の方が実は好みなので、油絵とは違ってアクリルではそういう表現に挑戦しています。自分の描きたい絵は写実が全てではないと思っているので、写実をベースにしつつも、プラスアルファで自分なりの表現が見つかると良いなと思いながら模索している感じです。
ー技法によって全然作風が変わるんですね。
結構違いますね。この間個展をやったんですが、その時に「違う画家さんの作品かと思っていた」なんて言われたりしました。個展じゃなくてグループ展だと思われていたみたいなんですけど、実際にそう言われるとなんだか複雑な気持ちでした(笑)。でもそれだけ、色々と模索している結果が出ているのかなと思います。
これからは、画風がバラバラなのももうちょっとまとめたいとは思っています。最終的には技法ごとに作風は違えど、「どれも私の作品だ」と分かる表現を見つけていきたいですね。
いつか大作に挑戦してみたい
ー影響を受けたアーティストはいますか?
一番影響を受けているのは、アンドリュー・ワイエスというアメリカ東部の写実系の画家です。ワイエスは自分の身近なものばかりを描いているんですが、一見絵にならないような本当に素朴な日常の風景でも、彼が描くと趣のあるかっこいい絵になってしまうところにとても憧れています。
あとは、デイヴィッド・ホックニーという画家の作品も好きですね。今アクリルで挑戦している画風は影響をすごく受けています。
絵のテイストは、ワイエスとはまた全然違ってポップな感じなんですけど、日常をデフォルメして描く作品も好きなので、こういうオリジナリティのあるテイストを自分の絵にも出せたらなと思っています。
ー今後挑戦してみたいことを教えてください。
大きい作品を描いてみたいなと思っています。今まで大きい作品を描いたことがないので、500号とか、それくらい大きい大作に挑戦してみたいですね。やっぱり大きい作品を描くには、時間や場所など色々な面で難しさはあるので、なかなかその一歩が踏み出せずにいるんですが、いつか幼馴染をモデルに大作を描きたいなと思っています。
あとは、さっきお話していた、色んな技法をブラッシュアップしてそれぞれの個性を活かしつつ、自分らしい作品になるようにまとめていきたいです。
しらとり あやを
美大受験のために通い始めた予備校で、油絵と出会う。質感の描き分けにこだわった透明感のある作品を制作。さらに、アクリルや色鉛筆など様々な技法ごとの自分らしい表現を追求し続けている。
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