自然に絵を描いていた幼少期
ー絵を描き始めたきっかけを教えてください。
いつからか、はっきりとしたタイミングは覚えていないので、物心つく前から絵を描いていたんだと思います。母親の話によると、暇さえあれば紙の切れ端などに描いていたみたいです。小学生で模写をするようになって、中高生では絵を描く担当みたいになっていて、何か催しがあれば描いていましたね。
小学生の頃は、たまたま持っていた下敷きのセサミストリートや、ドラゴンボールなどの漫画を真似して描いていました。少女漫画も買っていましたが、そっちは描いていませんでしたね。絵を描くことが得意とか、好きとか嫌いとか、そういうことを考えることなく、ただ描いていました。
ー美術部に入られたり、絵を習ったりはされていましたか?
美術部には入ったことがありましたが、基礎が嫌いだったので、すぐやめました。絵を習ったこともないですが、母親が少女漫画家だったので、その影響はあったかもしれません。私が生まれる前の話なので、母が実際に漫画を描いているところは見たことがなかったのですが、絵に関する何かしらは見てきたと思います。例えば、似顔絵を描いているところなどですね。あまりにも簡単そうにササッと描くので、びっくりして。「すごいものを見てしまった……!」という気持ちでした。
母親が描くのはメルヘンな雰囲気の絵で、私が描くのはどこかしら毒のあるような絵だったので、描く内容が全然違うせいか母には私の絵が理解しにくいみたいでしたけどね。
ー現在のサイケデリックな絵の片鱗が、すでにその当時から見えていた。
暗い気持ちだったわけではないんですけど、ひねくれた絵を描いていたように思います。中学校の課題でも、目ん玉とか描いていました。なぜそれを描いていたのかはあまり覚えていなくて、ただただ自分から出てくる絵がこうだった、という感じです。
覚えているのは、中学校の美術の授業内で、ある色に少しずつ白色を混ぜていくと、その色が変わっていく面白さを発見したことです。その時はまだグラデーションというものを知らなかったので思いつきでの行動でしたが、そういう発見をしていくことが楽しくて、今の描き方に繋がっているのかもしれません。
ーモリオカさんがボールペンで作るグラデーションの美しさには見惚れてしまいます。
どうやって習得したのか全く覚えていないです。当時は色を塗っていなかったから、白黒でもカラフルに見えるように工夫したんですよね。かといって柄ばかりを描いているわけではないですが。
ーボールペンの他にはどのような描画材を使用されるのですか?
ポスターカラーやコピック※1、色鉛筆、最近ではポコっとした厚みを出したいときなどにレジン※2も使用しています。絵も描画材も特に定まっていなくて、その時その時の感覚で、いいなと思うものを選んで使っています。型を決めたい気持ちもありますが、飽きてしまいますし、思いつきでしか描けないということもあって、結局は決められないですね。
描画材と言えるのかわかりませんが、刺繍を使った作品も制作したいです。何回かやってみましたが、紙なのでやりすぎると穴が開いてしまってなかなかうまくいかなくて。逆に、パンチで穴を開けるとか、「描画」だけでなく、絵の中にいろいろな要素を入れるのが好きです。
※1コピック:画材のブランド名。ここでは水性の不透明カラーマーカーのことを指す。※2レジン:樹脂。透明な液体状で、硬化させて使う素材。最近はハンドメイドアクセサリーや工作などでよく使用されている。
偏見を取り払う自由な表現であること
ー絵画に関して、マイルールやこだわりはありますか?
こだわりはないです。むしろ、こだわりを外したいんですよ。こだわると自分の絵でなくなるから。私は脈絡のないものが好きなので、絵も意味のないものがいいんです。理由や目的なく、その形ができあがる、そういう表現にとても魅力を感じます。
他の人の絵や映画を観ると、自分の視野が狭くなっていることに気付かされることがあるんですよね。それはつまり、「こうでなければならない」等と無意識に縛られている何かから解放されることと同じなのではないかと思っていて、自分の感覚が肯定されるように感じるんです。そういう「感覚が肯定されるようなもの」が好きなので、自分も誰かに対して何か偏見のようなものをとっぱらえたらいいな、作品を通して、誰かがそういう感覚を思い出してくれるといいなと思っています。
こだわらず、自由でいたいんですよね。
ー感覚的に絵を描きたくなるときはありますか?
昔は、どん底のときによく描いていました。落ち込んだり、腹が立ったりしたとき、絵の調子がすごく良くなるんです。絵自体がガラリと変わるので、それがすごく楽しくて。腹が立つと何もかもがどうでもよくなるから、その分、心が自由になって、絵が面白くなるんですよ。描いていて楽しいときです。絵を描くことによって、苦しい感情を昇華できるということでもありますね。文句を思い浮かべながら描くことも。
最近は丸くなってきて腹が立つこともなくなりましたが、そういう体験があったので、自分にとっての良くない出来事も嫌いじゃないなと思います。20年ぐらい前からそんな描き方をしていますね。そういう行動でしか自分自身を表せなかったというか。人を慰める言葉も、言葉だけではなく物理的に見えていないと納得できなくて、その方法が絵を描くことだったんですよ。

作品名:トムヤムクン
ー文句を言いながら描いてはいるものの、その作業自体は楽しめていらっしゃいますか?
はい、とても気持ちがいいです。快感ですね。人間には没頭が必要だと思います。悩んだら何かに没頭したらいいと思いますね。
ー逆に、例えばすごくハッピーな感情のときには絵を描かれないのでしょうか?
私には難しいですね。私が絵を描きたくなるのは、線が一本切れているような状態なのかもしれません。怒りなどの感情が湧き上がってきたときに絵を描くのは、そうすることでしか、その気持ちを落ち着ける方法がないというのもあります。友達と喋るよりも、何かを作りたいという気持ちになるんですよ。実際には描けないときも多いですが、あれを作ろう、これを作ろう、と考えたり、手を動かしたりする時間が好きで、気持ちが落ち着いてくるんです。
ただ、思うようにスピードが上がらない描き方をしているので絵がなかなか進まなくて、それにまた腹が立ったりして。例えば点描はとても時間がかかりますから。自分でその方法を選んで描いてるんですけどね。
ー影響を受けたアーティスト、刺激になってる絵や媒体はありますか?
高校時代からサイケデリックな音楽が好きで、そのレコードジャケットなどから、こういう描き方があるんだ、と学ばせてもらいました。あとは映画もですね。
中学生の時に初めてサイケデリックな柄を見て、これ大嫌い、と思ったんですが、高校生になって、そういう音楽を聴いて真逆の気持ちになって。音楽から影響を受けて、そのアーティストの服、例えばラッパズボンを自分も履くとか、どんどんハマっていきました。
好きと嫌いは紙一重で、インパクトがあって実際はすごく気になっていたのかもしれません。テレビで見て、「この柄嫌い」と言ったことをよく覚えています。
ー風景画や、写実を描かれることはありますか?
忠実に描くのはめちゃめちゃ下手くそですね。例えば人に似顔絵を頼まれたら、もうめちゃくちゃにしてやります。その人の顔を二つにしたり、目などのパーツを違うところに描いてみたり、遊んで遊んで遊びまくりますね。とても喜んでくれますよ。
ーどんなシーンでもご自身の絵にできるんですね。
そうせざるを得ないんです。器用じゃないですから。
ーグッズ展開をされているキャラクター「羽衣三木夫(43)」など、魅力的な人物を描かれていますよね。
彼はもともと、ある絵の中の一部で、そこでは脇役だった人物なんですが、ある時ふと「このおっさん、いいな」と思って、主役に昇進させたんです。コンビニの前で唐揚げ食べていそうな男性がモチーフなのですが、実際そういう人がよくいるんですよ。知人に「これ俺か?」と言われるくらい。主役にさせてみてよかったです。

グッズ展開をされているキャラクター「羽衣三木夫(43)」
溢れるほどのやりたいことがありながらもアナログ絵画を描き続ける
ー展示やグッズ制作など、幅広くご活躍されていますが、今後やりたいことや挑戦したいことがありましたら教えてください。
昔からやりたかったのは、自分の絵を実写化することです。映像化というわけではなく、立体にするのでもなく、ぱっと見て実写にするだけなんですけど。例えば顔ハメパネルとかを、紙でもいいので作りたいですね。横から見たらペラペラでもいいし、チープな感じでも作れたらいいなと思います。
ただ、それをするとなると誰かに手伝ってほしいのですが、私には仲間がいないですし、いたとしても人に任せるということがまた難しくて。映像もやりたいし、絵も描きたいし、やりたいことはたくさんあります。ひとりじゃ足りないです。でもチームでできてたら、とっくにチームでやってるはずなので、多分ひとりの方がいいんだと思います。実際、自分のやりたいことをチームでやるのは難しいですよね。人間と人間だから、喧嘩になるかもしれないし。
ー自分自身が何人もいるといいですよね。
そうですね。やりたいことが多すぎて、同時進行できたらいいなと思います。左手でデジタルを描いて、右手でアナログを描けたらいいな、とか。働く時間をうまくそっちに持っていくとか。
ー今後はデジタル絵画も、制作されるご予定なんですか?
デジタルも上手くなりたいです。だから利き手じゃない方の手も使えたらいいなと。同時に描きたいと本当に思っています。時間が倍あったら、というのともまた違うんですよね。1日が長すぎたら、それもまた嫌ですから、あくまで今の時間内で同時進行できるのがいいなと。
ただ、そうは言いながらも自分の中ではデジタルもいいけどやっぱりアナログには勝てないと感じています。タッチするだけで色が塗れるところとか、描いていて物足りないんですよね。この前ひとつ完成させたてみたんですけど、あまり満足のいくものではなかったです。やっぱりアナログに帰ってきちゃいますね。
<取材を終えて>
自分は器用でないと語るが、その絵を見ればすぐにモリオカサチさんの絵だと気付けるような特徴的な絵画からは、どんなものでも自分の絵にできる器用さと、描画力の高さが起因するように感じる。強い感情が湧き上がることで発せられるエネルギーがそのまま画面にぶつけられ、その絵の魅力を裏付けているようだ。

モリオカサチ
制作への没頭で、さまざまなことを乗り越えられてきたモリオカサチさん。一色のボールペンのみで制作されている絵であっても、その豊かな表現力により、色とりどりな雰囲気を纏っているかのようなオーラでこちらの目を楽しませてくれます。
View Profile