発表できる場所を知り本格的に始めた絵画活動
ー絵を描き始めたきっかけを教えてください。
子供の頃から絵を描くことが好きでしたが、高校卒業後はあまり描いていなかったんです。美術短大出身ですが、就職のしやすさからデザイン系を選んだので、在学中は写真を撮ったり模型を作ったりと、絵を描く機会がそれほどなくて。本当は絵を描くのが一番好きだったんですけどね。卒業後は、一般事務のお仕事をしながら趣味としてたまに絵を描いている、そんな毎日でした。
ある日、友人がギャラリーで開催される展示会に出展すると聞いて、そういった「絵を発表する場所」があることを知りました。発表できる場所や機会があるのであれば、昔から絵を描くことが好きでしたし、自分もそういうところに出してみたいと思い、ライフスタイルに合わせてマイペースに絵を描き始めました。描いた絵をネットに載せたり、ギャラリーに出したり、ECサイトで絵の販売を始めたのもその頃ですね。2011〜2012年あたりです。
2015年頃から実際にギャラリーさんに行ってたくさんの作家さんの作品を観るようになり、企画展を申し込むなどの活動を始めました。SNSもその頃から始めました。
ー制作の再スタートから、発表するまでのスピード感と行動力がすごいですね。
友人が展示をしていたので、最初は発表するハードルがあまり高くなかったかもしれません。ただ、展示の回数を重ねていくうちに、実力のなさを実感してどんどんハードルは上がっていきました。

作品名:crescent moon
ー美術短大を目指すにあたって美術系の予備校などに通われたのでしょうか?
そうですね。高校時代は美術が学べる大学に行きたくて、予備校のデッサン・油絵科に入りました。高校2、3年生の頃に役者をやっていた知り合いの、舞台で使う小道具などの制作を手伝う機会があり、それがすごく楽しかったので専門的に学んでみたくなりました。その後、将来のことを考えてデザイン科に変更し、受験、進学しました。
絵は好きだけど画家になろうとか、絵を描いて生きていこうとか、そういう思いは特にありませんでしたが、毎週絵の上手な方たちの中で練習し、先生に厳しく指摘される環境は嫌いじゃなく、とても勉強になりました。
作品の背景にあるのは自身のストーリー
ー絵本の世界を思わせるような絵を描かれる印象がありますが、モチーフはどのように決めるのでしょうか?
今は、主に子どもと動物を描いていますが、最初は動物だけを描くことが多かったんです。動物が好きですし、描いていて楽しい、癒される、かわいい、などそういうシンプルな気持ちからでした。
今もモチーフに大きな変化はありませんが、絵の全体的な雰囲気は変化しているように思います。最初の頃は、今と比べると雰囲気や色味、表情などが暗いんですよね。
考えてみると、昔は自分の中の薄暗いものを絵にして消化してる感じでした。ただただ自分のために描いていたんです。心の内側、その中でも、薄暗い、闇のようなものを表現していたような気がします。それが、ここ5年くらいは、前向きな絵を描いているんですよ。意図してそうしたわけではなく、なんだか自然とそういう方向にシフトしていったんです。絵に登場する人物のストーリーではなく、描いている自分自身の心の中に、そういうストーリーがあるのかもしれません。
昔の絵の後ろに「寂しい」という言葉がくっつくとしたら、今は「優しい」とか、そういう言葉がくっついてくれるような気がしています。

作品名:Pierrot(2013年頃)
ー表現が変わっていった理由、きっかけはあるのでしょうか?
子どもが産まれて、子どもと接するうちに変わっていったのかなと思っています。昔は否定的な気持ちで生きていたような気がしますが、子どもたちと接することで、そういう気持ちをあまり感じなくなったというか。それが絵に表れているんだと思います。
ー生活環境や心情の変化によって絵画全体の雰囲気が変化するというのは、興味深いですね。
そうですね。自分で変えようと思って変えたわけではないですし、見てすぐにわかるほどガラッと変わったわけではないとは思うんですけど。
当時、絵を見た方に「もっと明るくかわいく描けばいいのに」と言われたことがあって。暗く描いているつもりはなかったのですが、その時に、試しにわざと明るく可愛らしく描いてみたこともありました。でもやはりあまり納得のいくものはできなかったですね。基本的に内側から出てくる気持ちのままに描いています。
ただ、そういった心情を概要欄などで細かく説明する事が、私はあまりできないですね。作品の背景を説明することも作品の一部であると思いますし、できる方は素敵だなと思うのですが、少し苦手です。自分の絵で人を癒したい、なども要望のように見えてしまう気がして、あまり言いたくないんです。受け取る方それぞれの解釈をしてもらえたらいいなと思っています。
表情の奥に深みや、意味を感じるような絵
ー影響を受けたアーティストや絵本などはありますか?
絵そのものに興味を持ったきっかけは、いわさきちひろさんです。中学生の時に初めて自分で調べて展示会を観に行って「絵ってすごいんだな……」と感動しました。もともと美術の授業は好きでしたが、本当の意味で絵を好きになったのはその時ですね。高校時代には美術の予備校に通っていたこともあり、ピカソなど巨匠と呼ばれるアーティストの展示もたくさん観に行きました。
大人になってから特に好きなのは、リスベート・ツヴェルガーですね。ビビビッとくるというか、本当に好きです。さらっとしているのにすごく伝わる表情があって。
それから酒井駒子さんも好きです。彼女の描く絵の、奥にある暗さや、深みのある表情がすごく素敵だと思います。
ー実際にそういったアーティストの絵を参考にしながら描かれるのですか?
その絵を見て描く、模写をする、ということはしませんが、どのように描いたらこうなるんだろうと考えながら、色使いを真似してみたり、表情を参考にすることがあります。
もちろん「明るくてかわいい」ものも、好きなんですけどね。雑貨やカレンダーなど、実際に持っているものは「明るくてかわいい」ものが多いですし(笑)。

作品名:Sweet Dream
ー主に透明水彩・色鉛筆・アクリル絵の具を使用されますが、使い分ける理由はありますか?
最近は主にアクリルを使用していますが、最初はほとんど透明水彩で描いていました。中学生の時に展示会で観た、いわさきちひろさんの水彩画の迫力、生命力、存在感が脳裏に焼き付いていたので、その影響ですね。
それに当時、双子ベビーと上の子の育児をしながらで本当に時間がなくて。透明水彩でしたら、ちょこっと描いたら置いて乾かして、またちょこっと描いて乾かして、と、そういう描き方ができるので、時間の都合が良かったという部分もありますね。子どもをおぶりながら描いていたんですよ。アクリルだとすぐ乾いてしまうので、そういう描き方が難しいのと、絵の具になかなか慣れず無機質な雰囲気になってしまって、私には向いていないと最初は思っていました。
その後に、やはりアクリルでの制作をしてみたくて色々調べたり、試したりしている時に、アクリルを使用される画家さんの絵を見て、無機質にならない、柔らかい雰囲気を出せる描き方があることを知りました。自分でその方法を真似するなど試行錯誤をして、今のアクリルでの描き方に辿り着いたというか、好きな描き方ができるようになりました。
特に最近描いた子どもがお花や動物をハグしている絵は気に入っています。理想的な、柔らかい雰囲気がアクリルでも出せるようになったと思います。

作品名:Hug〜Flower(2025年)
ーこだわりや、マイルールはありますか?
ルールと言えるかわからないのですが、発表する作品は必ず、自分が自分らしくある作品にしています。少しでも満足していない作品は発表しないということですね。展示してから、あるいはECサイトに出品してから、「これは違うな」と感じて下げたことも何度かあります。
ー昔の絵に加筆されている作品が多くありますが、そういう絵に手を加えられるのですか?
いえ、どちらかと言うと気に入っている絵に加筆します。表情など細かい部分を描きこみたくなる時があって。あまり良くないと思った絵は、直すのではなく処分しますね。
モチーフに関するルールですと、自分が好きなもの、描きたいものを描くことです。私の気持ちが乗る絵というか、描いていて気持ちがいい絵というか、そういう絵ですね。何でも描けたらいいなと思って苦手なモチーフを練習することもあるにはあるのですが、やはり描いていて楽しくないと続かないです。
ー今後やってみたいこと、挑戦したいことがありましたら教えてください。
自分の絵を動かしてみたいと思っています。仕事として、動画編集やサムネイルのデザインをもう2年以上していますので、今度は自分の絵を動かせたらいいなと。以前、物語をつけて動かそうと頑張ったことがあるのですが、すぐに止めてしまったので、また挑戦したいですね。
それから絵本を作るのもいいなと思っています。一度、Web絵本を作っている企業さんにお声をかけていただき、挿絵を描かせていただいたことがありますが、そういうお仕事も、またやってみたいと思っています。
<取材を終えて>
ひとつひとつの質問に対し、ゆっくりと考え、丁寧に言葉にしてくださったAnko O.さん。優しい雰囲気をまといながらも、敏感なアンテナで情報をキャッチし、あらゆる機会を逃さないよう、物怖じせずに挑戦する強さを感じました。

Anko O.
中学生の時に自ら調べて行った展覧会で、絵の素晴らしさに感動し、好きな絵を描いてきた。細かいことはあまり考えず、好きなものをその時その時で好きなように表現する。そのかわいらしい絵には、深い優しさ、そして複雑な想いまでもが詰め込まれている。
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